物損扱いの交通事故で慰謝料はもらえる?相場は?通院慰謝料は請求不可?
交通事故に巻き込まれて幸いにも怪我を負わなかったけれど、
「大切に乗っていた愛車が大破した…」
「形見の腕時計が壊れた…」
「ペットが車に引かれて骨折した…」
物損事故の場合、慰謝料を請求することはできるのでしょうか。
結論から言うと、物損事故では原則として慰謝料を請求することはできません。なぜ、物損事故では慰謝料を請求することができないのか?例外的に慰謝料が認められたことはあるのか?など「物損事故における慰謝料」について解説していきたいと思います。
物損事故で交通事故慰謝料は認められるのか
交通事故における慰謝料とは?
交通事故における慰謝料
事故によって負った怪我などで受けた精神的苦痛に対して支払われる賠償(金銭的な補償)
交通事故の慰謝料というと、事故で受けた被害のすべてを補償するようなイメージがあったかもしれません。交通事故の慰謝料は、精神的苦痛のみに支払われる補償を意味します。
交通事故の慰謝料の種類としては、
- 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
- 後遺障害慰謝料
- 死亡慰謝料
以上の3つがあげられます。
<関連記事>交通事故の慰謝料
人身事故と物損事故の違いは?
交通事故は大きく、人身事故と物損事故に分けられます。
人身と物損の違い
▼人身事故
「死傷者」が出た事故のこと
▼物損事故
「自動車などの損壊のみ」の事故のこと
人身事故の場合は警察による事故の詳細な記録が示された「実況見分調書」が作成される一方、物損事故では作成されません。物損事故では事故の簡易な「物件事故報告書」のみが作成されます。どちらの資料も過失割合を主張する際に重要な証拠となります。
<関連記事>過失割合について
実況見分調書といった刑事記録の取得方法は、不起訴処分が確定している場合・刑が確定した後など、刑事事件の進行段階によって異なります。
不起訴処分が確定した場合を例にあげると、
- ① 交通事故証明書を取得する
- ② 交通事故証明書をもって事故を取り扱う警察署に行き、事故を取り扱う検察庁を確認する
- ③ 事故を取り扱う検察庁に行き、刑事記録の閲覧・謄写を依頼する
大まかにはこのような流れで刑事記録を取得することができます。
ただし、原則として捜査中の刑事記録は開示されないという点には注意が必要です。
一方、物件事故報告書は弁護士照会でしか取得することができません。物損事故扱いで物件事故報告書が必要な場合、弁護士への依頼も必要になります。
物損事故での慰謝料の扱い
慰謝料は事故による死傷で受けた精神的苦痛に対して支払われる補償です。したがって死傷のない物損事故では慰謝料の請求が認められていません。
もっともこれは原則的な話であり、例外的に人身損害を伴わないような物損のみの事故でも慰謝料が認められる例もあります。物損のみの交通事故で慰謝料が請求できるかどうかのポイントは「特段の事情が認められること」です。
特段の事情とは?
- ① 社会通念上認められる特別な主観的・精神的価値を有し、財産的損害の賠償を認めただけでは足りないこと
- ② 加害行為が著しく反社会的で財産に対する金銭賠償では償えないほどの精神的苦痛を受けたこと
通常、物損にともなう精神的苦痛に関しては、物損に対する損害賠償を受けると同時に填補されると考えられています。「大切にしていた愛車だから…」、「思い入れのあるバイクだ」といった程度で慰謝料が認められるのはむずかしいでしょう。
特段の事情が認められるような物損事故であれば、慰謝料が認められる可能性があります。
物損のみで慰謝料が認められた事例と相場
例外的に物損のみの事故において慰謝料が認められた事例をいくつか紹介したいと思います。
①ペットに対する慰謝料
東京高等裁判所 平成16年2月26日
犬が死亡した交通事故では、犬の葬儀費用に加えて慰謝料5万円が認められています。
長い間、家族同然に飼ってきたことを理由に慰謝料が認められたようです。
②墓石に対する慰謝料
大阪地方裁判所 平成12年10月12日
霊園の墓石等に車が衝突して骨壺が露出するほど墓石が倒壊した物損事故では、慰謝料10万円が認められています。
先祖や故人が眠る場所として所有者が強い敬愛追慕の念の対象とするといった特殊性を鑑みて慰謝料が認められたようです。
③芸術家の陶芸作品に対する慰謝料
東京地方裁判所 平成15年7月28日
芸術家である被害者が作成した陶芸作品に乗用車が衝突して損壊した物損事故では、慰謝料100万円が認められています。
代替性のない芸術作品であったこと、被害者自身が芸術家として作成した芸術作品であったことなどが、慰謝料が認められた理由となったようです。
物損事故で請求される主な損害賠償と相場
物損事故の損害賠償相場は実費額?
物損事故で認められる損害賠償は、被害の原状回復にかかった必要かつ相当な費用が相場であるといえます。
物損に関する補償では、自賠責保険は適応外となっています。相手方が対物賠償をふくむ任意保険に加入していればその保険会社に損害賠償を請求することになります。相手方が任意保険に加入していない場合は相手方本人に対して損害賠償請求することになりますが、回収がむずかしいことが予想されます。
ご自身が加入する車両保険を利用すれば損害を回収することができますが、翌年からの保険料が値上がりしたりするデメリットもありますので注意が必要です。
修理費用、代車使用料などが損害賠償の範囲
物損事故で認められる主な損害賠償の範囲は、車両の修理費用・買い替え差額・評価損・代車使用料・休車損などがあげられます。
物損事故における損害賠償は、修理費用がメインとなるといえるでしょう。もっとも、修理するより買い替えたほうが安く済むような場合は買い替え差額が認められることが考えられます。
内容 | |
---|---|
修理費用 | 車両などの損壊を修理する費用 |
買い替え差額 | 修理できずに買い替えた場合の費用 |
評価損 | 事故がなければ生じなかった商品価値としての下落分に対する補償 |
代車使用料 | 事故車両の修理や買い替え期間にレンタカーを使用した場合の費用 |
休車損 | 事故車両が営業用車両であった場合、事故がなければ得られたであろう利益に対する補償 |
この他にも、買い替えで必要になった手数料や税金なども請求することができるでしょう。
少しの怪我でも物損事故扱いは回避する
物損で通院しても慰謝料はもらえない
人身事故をおこした加害者側は、治療費や修理費用などの損害賠償のほかにも行政責任と刑事責任を負う必要があります。それゆえ、加害者側は物損事故で処理したがる傾向にあります。
物損扱いにしたがる理由
- 免許の点数が加算されない(行政責任を負わない)
- 刑事罰を受けない(刑事責任を負わない)
仮に被害者の方にも何らかの過失がある場合に物損事故にすると、このような点がメリットといえるかもしれません。
警察としては、物損扱いにすれば実況見分の必要がない簡易な処理で済ませられるという思惑もあるようです。
しかし、少しでも怪我を負っていたのに物損扱いとしてしまうと、いくら通院しても通院に対する慰謝料を請求することができません。
場合によっては怪我を負っていても、物損事故扱いのまま治療費や慰謝料などを支払ってもらえることがあるようですが、怪我をしているのに物損事故扱いのままにしていると
- 適切な治療費が支払われない
- 通院治療費が早期に打ち切られる
- 通院慰謝料が減少する
- 後遺障害が認定されにくくなり後遺障害慰謝料がもらえない
といったリスクが高くなります。被害者の方にとって、怪我を負っているのにあえて物損事故の扱いにするメリットはほぼないといっていいでしょう。
ポイント
少しでも怪我があるのなら必ず人身事故扱いにすること
<関連記事>軽傷・無傷の場合について
物損から人身に切り替える方法
物損事故として処理をはじめてしまっている…という方でもご安心ください。物損事故から人身事故への切り替えが可能です。
人身への切り替え方法
- ① 病院で交通事故による怪我の診断書を作成してもらう
- ② 診断書など必要書類を警察に提出すると、実況見分調書が作成される
- ③ 加害者側の保険会社に連絡する
交通事故発生から1週間以内(遅くても10日以内)に切り替えるようにしましょう。
関連記事にてさらに詳しい方法を解説しています。ぜひご覧ください。
まとめ
交通事故における慰謝料の意味や種類、人身事故と物損事故の違いなどについて解説してきました。原則として物損事故では慰謝料が認められないものの、場合によっては慰謝料が認められるケースもあることが分かりました。
大切なものを傷つけられたり、失ったりしたら、たとえ賠償を受けられたとしてもその悲しみが癒されるとはかぎりません。損害を受けた大切なものが慰謝料を請求できる可能性があるかどうかの判断は、法律の専門家である弁護士に相談してみてください。
お怪我があるのにもかかわらず物損事故扱いのままにしてしまっているという方は、今すぐ病院を受診して人身事故に切り替えるようにしましょう。
基本的に本記事で紹介した人身事故への切り替え方法で切り替えることは可能だと思いますが、警察や相手方の保険会社が人身事故への切り替えを認めてくれないという可能性もあります。このような場合は弁護士に一度相談してみることをおすすめします。
物損事故の慰謝料に関するQ&A
人身事故と物損事故の違いは?
人身事故と物損事故は、「死傷」があるかどうかという点になります。物損事故は自動車などの損壊のみの事故のことをいいます。人身事故では事故の詳細な記録が示された実況見分調書が作成される一方、物損事故では作成されずに簡易な物件事故報告書のみが作成されます。
物損事故で慰謝料は請求できる?
物損事故では、原則として慰謝料の請求は認められていません。例外的に、物損事故でも「特段の事情」が認められる場合においては慰謝料が認められる可能性があります。
どんな物損事故で慰謝料が認められる?
物損のみの事故で慰謝料が認められた事例としては、① 家族同然に飼ってきた犬が事故で死亡した、② 先祖が眠る場所として強い敬愛追慕の念の対象となる墓石が事故で倒壊した、③ 代替性のない芸術作品である陶芸品が事故で損壊した、などがあげられます。
物損事故扱いのまま通院すると慰謝料がもらえない?
物損事故扱いにすると、怪我を負っていても基本的に治療費や入通院慰謝料を請求することができなくなってしまいます。怪我ありで物損事故扱いにしても交渉次第では、治療費や慰謝料を請求できることもあります。しかし、物損事故扱いのままにしていると、適切な治療費が支払われない・通院慰謝料が減少する、といったリスクが高まることが予想されます。少しでも怪我があるのであれば人身事故扱いに切り替えるようにしましょう。